慶応SFCでの講義(2020/12/7)
慶応SFCでのオンライン講義でアフリカのファブラボでの活動についてお話させて頂く機会を得たので、講演にあたって準備した日本語原稿を以下に貼っておく。講義の参加者は30名程度で、講演の言語は英語でした。
(講演ここから)
青木と申します。今日はアフリカでのFabLabの活動の話をしたいと思います。現在JICAの長期専門家としてケニアのジョモ・ケニヤッタ農工大学に派遣されており、客員准教授をしています。ナイロビ在住ですが、いまはコロナの関係で日本に一時帰国しています。所属は工学部のメカトロニクス工学科です。ケニアではデジタルファブリケーションの研修や講義を通じて工学部の研究教育の向上に取り組んでいます。今回の授業には田中先生に呼んでいただきましたが、私は以前田中研究室で研究員をしておりました。
いきなりですが、今日の話の本題に入りたいと思います。本日は、アフリカでのファブラボの意義について、皆さんに考えてもらいたいと思います。私からは、現在アフリカのFabLabで起こっていることを紹介します。このようなことができるのではという提案や、素朴な疑問など、質疑応答の際には、皆さんからのフィードバックをもらえることを楽しみにしています。田中先生からは、皆さんが1年生から4年生までの幅広い年代ということは聞いています。おそらく興味もばらばらだと思います。ぜひ、思ったことを率直に教えていただければと思います。
さて、今日はいろいろなアフリカの話がでてきますが、まずは今住んでいるケニアの話から始めたいと思います。ケニアは東アフリカの一つの国で、人工は約5000万人です。国土は58万km2ですので、日本よりも広いですね(37万km2)。主要な産業は農業や観光です。マサイは皆さんご存知と思います。陸上競技でも有名です。去年ケニア出身のエリウド・キプチョゲさんが長距離マラソンで2時間を切ったことを覚えている方もいると思います。国の言語はスワヒリ語ですが、様々な民族が独自の言語を話しています。公用語は英語です。
ケニアでは写真のような料理が食されています。私のおすすめはアフリカンソーセージです。ヤギのヘッドスープも大変クセがありますが、やみつきになります。ビール好きな方はタスカーをご存知かもしれません。ちなみに私はビール工場の裏にある住宅に住んでいます。チャパティなどにインドの影響もみることができますね。主食はメイズの粉で作ったウガリですが、お米も食べます。
さて、大学の話に入りましょう。JKUATは理工系の国立大学で、ケニアのなかでも有数の地位を誇っています。なかでも農学部、工学部、理学部などのSTI系の学科はケニアのなかでもトップを争っています。また、設立時から日本政府の支援を受けていることも特徴です。開学したのは1981年ですが、そのときは技術訓練からの出発でした。その後、学部教育を開始、大学院を設置するなどして、現在にいたります。
それでは大学でどのような活動が行われているかをみていきましょう。まずは農学部からです。農学部には5大学科があり、それぞれ食品科学、園芸学科、農業経済、Land resource、動物科学となっています。なかでも食品科学と園芸について、どのような活動が行われているかをみてみましょう。
JKUATの食品学科にはワークショップがあり、食品の加工実習ができるようになっています。実習の例としては写真に示されたようなマンゴージュースの製造の他に、ヨーグルとやパンといった発酵食品もつくられています。面白いのは、これらのジュースやヨーグルトをJKUATブランドの製品として販売している点です。食堂で購入することができますが、とても新鮮で美味しいです。このようなマンゴージュースは、Value additionの研究の一環でやっています。食品のValue additionとはいったいなんでしょうか。マンゴーはケニアでは一般的に作られている果物ですが、実は農民にはマーケットアクセスの問題があります。農村部の農民は都市部の市場に直接つながっているわけではなく、仲買人(middle man)に作物を売っているのですが、市場の情報を知らないために買い叩かれたり、冷蔵設備がないために、余らせても仕方がないので、売ってしまわなくてはならず、安い値段で販売せざるを得ないことがあります。そこで重要なのが、どのように自分の作物に付加価値をつけるかという点です。その一つのアイディアがジュースにして売ることです。ジュースにすることで長持ちし、しかも生で売るよりも高い価格で売ることができるため、一石二鳥というわけです。
ジュースにする方法ですが、この写真のようなジューサーを使っています。このジューサーは既製品を買ってくるわけではなく、工学部にあるワークショップで自作しています。食品の専門家と工学部の技官が協力することで、フィルターの細かさを調節するなどのオーダーメイドができるので、適当なのどごしのジュースを作ることができます。このように、JKUATでは大学の設備を使ってものづくりをすることができるため、農学部や理学部など他学部での研究で用いる機材を自分たちで開発することができます。
大学では研究だけをしているわけではありません。ケニアでは大学が積極的に社会貢献を行うべしというような市民の期待が大きく、大学の先生は積極的に成果の発信につとめています。写真にあるように、食品加工の技術を村に出向いて農民に指導するなど、大学から出てきた技術を普及させる試みにも取り組んでいます。
農学部の研究における他の例もみてみましょう。図は馬鈴薯(じゃがいも)のバリューチェーンに関する包括的な研究を示したものです。バリューチェーンというのは生産者と消費者をつなぐ一つの流れであり、食に関する様々な要素が入り込んでいます。JKUATの研究者が取り組んでいるのは、バリューチェーンのすべてのフェーズに関わる研究です。例えば、最上流の生産についてです。これには病害虫の予防や土壌診断と改善、肥料や育種などの研究が行われています。じゃがいもの病気についていうと、たとえばPCNという病気がケニアでは問題視されており、これは輪作であったり、病気に強い良い種苗を使うことで避けられるというふうに言われています。また農民の間でPCNが広く認識されているわけではないため、これを周知する活動も必要になってきます。土壌については、リン酸が多く肥料として与えられていますが、これは一部の地域では栄養過多につながっていることが判明しています。カルシウムを添加することが病害虫の防除につながることも期待されており、研究が進められています。次のポストハーベストハンドリングについてですが、これには加工の機械化や貯蔵が上げられます。貯蔵についてはじゃがいもの温度を7℃程度に保つと成分保持の観点からも良いことがわかっており、安価な冷蔵設備を供給することが課題になっています。また、栄養学的な研究も進められています。じゃがいもはケニアにおいて第2の主食でありながら、例えば肥満につながりやすいなど、人々のイメージはあまり良くありません。調理方法によって、フライドポテトの油分を抑えることができるなど、健康の観点からもイメージアップをはかることが重要と考えられています。
先程マンゴージューサーの例でも見せましたが、工学部では農学部と連携した試みが実践されています。たとえば、先程のバリューチェーンにおいて一つの課題であったポストハーベストの機械化という観点について、様々な機械が考案、開発されています。たとえば上にあるのはポテトソーターといって、じゃがいもをサイズごとに分ける機械です。メッシュの大きさが段階を追って変わっていくため、小さいじゃがいもと大きいじゃがいもを選別することができます。また、Peel & slicerは自動で皮をむき、スライスしてくれる機械です。先程も言ったようにストレージは喫緊の課題です。ファンを使うことで、効率的に内部の温度を冷やす研究が進められています。
ここからは園芸学科の研究について紹介します。JKUATはバナナの種苗をTissue culture(組織培養)で作り出す研究で有名です。病気に強い種苗をラボで作り、それを温室内で育てるフローが確立しています。大学内で育てられた種苗は学外に販売されており、さらなる研究の資金として役立てられています。イチゴの生産実験も行われており、ここには日本企業も参入しています。イチゴの消費の需要は都市部のナイロビを中心に広がっており、試験販売を通じて市場ニーズが確認されています。ここで育てているのは日本の品種のとちおとめと章姫(あきひめ)の2種類です。ビニールハウスは遮光性の素材の選定が重要であり、はじめは日本から持ち込んでいましたが、実験を通じて現地の素材を利用可能なことが判明したため、より安価なグリーンハウスシステムとして注目を集めています。なお、日本企業の協力でIoTセンサーシステムや、自動での液肥システム(灌漑)の導入も進められており、JKUATの工学部との連携が期待されています。写真の左下にあるのはメロンの接ぎ木です。接ぎ木というのはRootstock(台木)とGraft(穂木)を組み合わせることで、病気に強い根を移植するという農業の技術です。これはまだ実験段階で外部に販売しているわけではなく、収穫した後はオフィスで美味しくいただいています。ケニアではティラピアやナイルパーチなどの魚を食べますが、これらの魚の養殖と農業を組み合わせたアクアポニックスの研究も進められています。アクアポニックスというのは、魚のフンを窒素源=肥料として農業の肥料に活用し、また土壌によって濾過された水を養殖の水槽に戻すことで、循環式の農業を実現する技術です。
それでは、工学部も見ていきましょう。JKUATの工学部は職業訓練からスタートしたこともあり、旋盤、フライス盤などの工作機械が一通り揃っています。おもしろいのは、工学部の学生は実習で、やすりがけから板金・溶接まで一通りのものづくりの要素を学ぶことです。これはJKUATがケニアの産業界から良い人材としての評価を受けている一因でもあります。工学部のワークショップには技官が常駐しており、スタッフや学生の研究や実習の手助けをおこなっています。
これは農業機械のワークショップです。たくさんのトラクターがあることがわかると思います。農業工学には農業機械だけでなく、水資源やバイオリソースの専門家も所属しています。バイオディーゼルに関する研究や、湖の底に眠ったシルトをbio fertilizerとして用いる研究など、様々な研究が行われています。
さて、これが私の本拠地のFabLabです。JKUATではFabLabではなく、iPICと呼んでいます。皆さんにも馴染みの深いレーザーカッターや3Dプリンターなどを使って、様々なものづくりが行われています。私はここでデジタルファブリケーションのワークショップや講義を行っています。FabLabといっても、まだ大学の関係者しか使うことができませんが、ゆくゆくは大学の周囲にある中小企業などにも開放することができればと思っています。
iPICで作られているものの例を見てみましょう。これらはケニアにおけるコロナウイルスの感染拡大に対して、工学部で始まったものづくり活動の一例です。左は機械式の人工呼吸器、右は自動手洗いスタンドです。人工呼吸器はケニアにおける数が多くなく、ロックダウンの影響で輸入が完全にストップしたため、ローカルで生産できる人工呼吸器が必要だという意見が生じたため、開発がスタートしました。現在も改良が進んでおり、NHK Worldでも特集されました。「NHK World Kenya」で検索すると出てきますが、実際の映像を見てみましょう。
さて、デジタルファブリケーション機材の活用先は機械の開発だけではありません。JKUATには多くの学科で科学実験機器が使われていますが、それらの修理にも役立てられています。というのも、ケニアには科学実験機器の多くは輸入であり、メーカーの技術者が近くにいるわけではないため、自分たちでメンテナンスすることが求められています。このような要請を受けて工学部のワークショップに設置されたのが通称CeSEMです。大学に設置された科学機器のメンテナンスと修理を一手に引き受けています。
実際の例を見てみましょう。これは3Dプリンタを活用した分光計の修理で、バイオケミストリーの研究室からのリクエストで修理を行ったものです。写真からわかるように、つまみが壊れたために回転させることができなくなっていました。もとのパーツを実測して3Dモデリングを行うことで3Dプリントし、スペアパーツを作ることができました。このような例がたくさんでてきています。
他にもプロジェクター、測量用のトータルステーション、スポット溶接機、ポンプ、オートクレーブなどなど、多くの機材の修理に取り組んできました。特筆すべきは、すべての機材のメンテナンスや修理、フォローアップのやりとりはオンラインで完了することです。JKUATではWebシステムを導入し、このフローが可能になりました。ちなみにこのWebアプリケーションは私がプログラミングしました。
大学は外部との交流も促進しています。特に、産業界との連携は研究成果の発信に欠かせません。これは大学の裏にあるベンチャー企業で、昆虫を用いて動物飼料を生産しています。Black soldier flyという昆虫で、エサにはレストランなどから排出される食料廃棄物を利用しています。実は日本の高専もここに関係していて、去年の8月には新潟の長岡高専がケニアを訪問し、プロトタイプの実証実験を行いました。彼らが開発したのはBSF幼虫の選別機で、ドラムを回転させることで大きさに応じてBSF幼虫を選別することができます。JKUATの分子化学の研究室でも、BSFの殻を利用した化粧品が作れないかなど、共同研究を探っています。
さて、ここまではJKUATの紹介でした。ここからは、話を広げてアフリカのFabLabについて話して行きたいと思います。
そこにいたる前に、なぜ私がアフリカのFabLabに興味を持ったかという話をしておきます。私はもともと宇宙飛行士になるつもりで航空宇宙工学を勉強していました。しかし、バックパッカーでアジアや中東などのいろいろな国を見て回るうちに、考え方が変わりました。特に最初の初めて一人で訪れた海外の国であるタイで大きな衝撃を受けました。山岳民族の方と話していたとき、人工衛星やロケットを知らないことに衝撃を受けました。先進国では当たり前の技術の恩恵を受けていない人もいるのだということに気が付き、工学を発展途上国の文脈で活用することに興味を持つようになりました。ちなみに写真はマリのドゴンの村です。電気も水道もない秘境で、人々の暮らしがとても印象に残っています。
実際に発展途上国で技術を役立てようとした際に、どのような方法があるでしょうか。私が最初に目をつけたのが、適正技術でした。適正技術とは60年代ごろから現れた概念で、その場所に適した技術のことを指します。簡潔にいうと、途上国における技術移転を考えた際に、先進国で用いられるハイエンドなものを与えるのではなく、その場所の文脈に応じた技術を考えようという運動を指します。実例を見てみましょう。左はライフストローといって、水を濾過するフィルターです。右はQ-drumというプロダクトで、転がしながら運べる水タンクです。このようなものは先進国ではほとんど使われていませんが、途上国においては安価で役に立つため、生活の改善に役立ちます。このような製品のいくつかは先進国に逆輸入され、リバース・イノベーションとも言われています。GEによる安価なエコーやインドのタタ自動車などがその一例です。
適正技術は理想論というわけではなく、実際に途上国の現場で利用されています。2つの写真はどちらもアフリカのマリ共和国で撮影したものです。左はソーラークッカーといって、太陽光を使って調理用の熱を発生させるものです。右はd.lightというスタンフォード大学発のベンチャーが製造するソーラーランタンで、日中陽の光で充電した電気を使って夜の照明に役立てることができます。本で呼んだ事例が実際に現場で活用されていることを知り、私はいたく感激したのですが、ある一つの疑問が頭をもたげます。それは、「いったいこれらの製品は誰によって設計され、製造されているのか」という点です。ソーラークッカーを展示していた方に価格を聞いてみたところ、確か10万円くらいの価格だったと思います。とうてい個々の家庭で購入できる価格ではなく、NGOなどに販売していると言っていたと思います。d.lightについては値段は比較的安価であり、アフリカのいくつかの国では大型のスーパーマーケットで販売されているのを見ました。しかし、いずれにせよこれらは製品が国の外から入っていることに変わりはありません。安く手に入るならそれでもいいじゃないかと思われるかもしれませんが、私にはどうも気になる点がありました。現地の人々の知恵、すなわち土着の知識とでも言うものを、もっと活用することができるのではないかということです。
これを語る上で画期的な事例があります。写真にあるのはタイで使われているイーテンという農業用トラックです。実はこれは農業用の原動機を改造して作られています。普段は荷物を運ぶトラックとして使うのですが、原動機を取り外して灌漑ポンプとして用いたり、またトラクターに付け替えることもできるなど、汎用性が高い製品になっています。また現地の町工場ではトラクターのディスクプラウを現地仕様に改造することも日常的に行われています。このように、現地の文脈に即した機械を現地のリソースを用いて自分たちで作ることができれば理想であり、そのような機械の設計を工学的に支援する方法について考えるようになりました。
そこで目をつけたのがFabLabでした。FabLabが途上国でのものづくりに活用できそうだという確信を得たのは、偶然Twitterで知った田中先生のMITでの講義の体験記を読んだときでした。FabLabの創始者Neil Gershenfeld教授によるHow to make (almost) anythingという講義では、3Dモデリングから電子工作まで、一連のデジタルファブリケーションのスキルを学ぶことができます。このような自由にものづくりができるラボがあれば、現地の問題を地元の人々で解決することが可能なのではないかと思いました。田中先生の講義体験記では、アフガニスタンで開発されたメッシュネットワークデバイスのFab-Fiなど、発展途上国での利用の可能性について強調されており、期待は高まりました。体験記の文末には、田中先生の帰国後に日本にFabLabを設置する予定だという記載がありました。その後私はFabLab鎌倉に足を運びました。私のやりたいことを説明すると、田中先生は共感してくれました。会話のなかで、田中先生は慶応SFCでHow to make almost anythingのような講義を開講する予定だとおっしゃっていました。私は別の大学に通う大学院生でしたが、講義を受けさせてもらえないかというお願いをしました。田中先生は快諾してくださり、晴れて第一期の受講生の一人となりました。ここから私のFabLabとの関わりが始まります。
私がFabLabに関わるようになったいきさつは上記のとおりです。ここで、途上国での問題解決のためのものづくりという話をしたいと思います。2017年に私がケニアの病院を訪問した際に撮影した写真を示します。写真の病院は地方の病院です。ケニアでは都市部の病院と地方の病院で提供される医療レベルに格差があります。妊婦健診ではエコーではなくトラウベ聴診器を用いています。乳幼児死亡率も日本に比べて高くなっています。野原に寝っ転がっているのは出産直前の妊婦の風景です。このようなことから、出産をめぐる環境の改善が望まれていることがわかると思います。
そのような現地の問題を目の当たりにして、FabLabでは実際に何が可能でしょうか。これはフランスのトゥールーズで開かれたファブラボの国際会議FAB14でのプレゼンテーションからとってきた事例です。ケニアのナイロビ大学にあるFabLab Nairobiでは、Maker for MNCHという取り組みが行われています。MNCHとはMaternal Newborn and Child Healthで、母子保健のことです。彼らが取り組んでいる問題は海外からの供給に頼るのではなく、ローカルで製造可能な基礎的な医療機器の開発です。写真に上げられたように、現地製造するもう一つのメリットは、メンテナンスと修理です。これについてはCeSEMの説明でもとりあげました。このように、途上国のFabLabでは現地の問題を解決するものづくりが行われています。このような取り組みに自分も関わるべく、アフリカへと旅立ったのでした。
私が最初に活動をはじめたのはガーナにあるGhana FabLabです。ガーナは西アフリカに位置する国で、私はTakoradiというガーナで4番目に大きな町で活動をしていました。Ghana FabLabはTakoradi technical instituteという工業高校の中にあります。FabLabのメインの会員は工業高校の学生で、放課後のクラブ活動のようなかたちで各々のものづくりに取り組んでいます。インストラクターやFabLab managerは高校の先生たちです。既に様々な製品のプロトタイプが開発されているのをみて、私はこの場所で活動することを決意します。最初の訪問は単なる見学であったため、具体的なものづくりは行いませんでした。半年後にGhana FabLabへと戻るのですが、その際は写真にあるように、スーツケースいっぱいに材料やら工具を詰め込んでファブラボへと向かいました。何が手に入るかわからないから、ほとんど何も手に入らないだろうという想定で準備をしていきました。その予想は半分正解で半分はずれでした。例えば、一般的な工具についてはほとんどが手に入りました。電子工作についても、抵抗やコンデンサなどの受動部品や論理ICなどは手に入りました。しかし、Arduinoなどのマイクロコントローラについては現地の店で見つけることができませんでした。首都のアクラでは手に入るのかもしれませんが、タコラディで活動するにあたっては日本から持ち込んで正解だったと思います。ちなみに、次回からはラボのためにもっと買ってきてくれと頼まれるようになり、ガーナに渡航する直前に秋葉原で大量に電子部品を購入して持ち込むようになりました。
Ghana Fablabでメンバーと時間を過ごすなかで、ガーナにおける大きな構造的な問題に目を向けるようになりました。それは専門的な職業の少なさです。工業高校で勉強し、さらにはFablabでデジタルファブリケーション機材を使いこなせるようになったとしても、卒業後にそのスキルを活かすチャンスが非常に限られています。ココンペという町工場の集積地帯でやすりがけや木材の加工などの単純労働ができればまだいいほうで、多くはタクシードライバーになったり、スーパーマーケットで働いています。数年間仕事を探し続けているというFablabの卒業生もいました。経済的に許せば大学に進学するという選択肢もありますが、大学を出たからと言って、技術系の専門職に就けるチャンスが増えるというわけではありません。そもそもの受け皿が少ないのです。そのようなガーナの状況をみて、私がやるべきことは、FabLabから製品を生み出し、さらには仕事を生み出すことだと考えました。
そのようなミッションを念頭に、いくつかの活動を行いました。最初に作ったのは渦電流分離機という装置のプロトタイプです。ガーナでは首都アクラに世界最大といわれる電子廃棄物の集積地帯があり、そこでは労働者が基金属を分離するために廃棄物を燃やしています。これが周辺の環境汚染につながっており、健康被害をもたらしていることを知りました。電子廃棄物を燃やさずに金属を分離できればいいのではと考え、渦電流分離機という仕組みを活用することを考えました。写真に示されたのが実際に制作したプロトタイプです。
途上国でのものづくりがどのように進められるかというデザインプロセスをみてみましょう。まずは設計です。ミーティングを行い、素材、寸法などの設計諸元について話し合います。その後3Dモデルを作成したり、電子回路の試作を行ったりします。並行して材料の買い出しにでかけますが、これが先進国と大きく異なるポイントです。日本だと、ホームセンターに買い物に行ったり、モノタロウ・ミスミなどの通販サイトを利用すると思いますが、そのような便利なサービスは現地にありません。金属部品などは自動車の廃品パーツを売っているジャンク屋を回って見繕います。ねじなどはココンペの露店に買いに行きます。特に困ったのが磁石の調達です。強力なネオジム磁石が手に入らず途方にくれていたところ、ジャンクのハードディスクを分解して中からネオジム磁石を取り出すというアイディアがでてきました。タコラディの街をめぐり、さらにはアクラのE-waste集積地帯に出張し、100個以上のハードディスクを分解して中からネオジム磁石を取り出したのは良い思い出です。材料が手に入った後は、CNCでフレームの加工を行います。また、動力源の発電機を分解し、駆動軸にプーリーを溶接します。PCBの切削とはんだづけを行い、モーターの駆動回路も作成します。すべての部品の組み立てを行い、ようやく完成です。
開発に失敗はつきものです。初回の動作試験の動画を御覧ください。いかがでしょうか。遠心力に耐えられなくなった磁石がショットガンのように四方八方に飛散してしまいました。ラボのガラスも割れてしまい、校長先生にもにらまれることとなりました。けが人が出なかったのが不幸中の幸いです。一方で、つくっている側は大爆笑でした。このような雰囲気で活動していたという、Fablabの日常の風景を感じ取って頂ければと思います。
次にお見せするのがフフパウンダーです。フフというのはガーナの主食の一つで、湯がいたキャッサバをつぶして、臼と杵でお餅のようについた食べ物です。スープと一緒に食します。私も実際に地元のレストランで体験させてもらったのですが、杵でフフをつくのはかなりの重労働です。フルを自動でつく機械、フフパウンダーをつくろうというのがこのプロジェクトのはじまりでした。
これは紹介動画をつくったので、御覧ください。
試作したものをレストランの方に見せて意見を聞いたところ、製作に要した材料原価がすでに彼らの販売期待価格を上回っており、製作コストの削減が必要だということがわかりました。このプロジェクトも、ラボのメンバーの経験値の向上にはつながったものの、実際の製品化にはいたりませんでした。一方で、成功事例といえるのが、FabLabから出てきた起業家であるジョンです。ジョンは工業高校を卒業してから工科大学に進学した後もFablabに通い続けていました。私はジョンにArduinoのプログラミングを教えていたのですが、その後彼が頭角を表すようになりました。
見ていただいた動画はジョンが作ったものの作例集で、キーパッドで解錠する自動ドア、人が近づくと自動で開くゴミ箱、一定時刻になると起動する魚の餌やり機、石鹸と乾燥機つきの手洗いスタンドなどが示されています。他にも彼は鶏卵を孵化させるインキュベーターを製造して販売するなど、起業家として育っていきました。彼のような存在はまだ一握りではありますが、Fablabから出てきた起業家の成功例として、希望の持てる事例だと思います。
さて、ここまではガーナの話をしてきましたが、このような活動を進めるなかで、私はあることに気づきます。アフリカに新しいファブラボが続々と増えていることです。そして多くのファブラボは私が問題意識を抱いている、起業家の育成にも興味をもって活動していました。そこで私は、彼らと一緒に協力して何かできないかと思い、彼らを実際に訪問することにしました。
地図上にマッピングしたのは、私が実際に訪問したファブラボです。ガーナの周りにもトーゴ、ブルキナファソ、コートジボワールなどのファブラボがあります。足を延ばして東アフリカを見てみると、ケニア、タンザニア、ルワンダなどがあります。このようなファブラボを訪問し、連携の可能性を探りました。実際には訪問ワークショップを行ったりしました。
アフリカのFabLabのいくつかでは、ビジネスの創生に取り組んでいると述べました。写真に示すのは、いくつかの事業化のアイディアです。ブルキナファソでマラリア感染を追跡するモバイルアプリ、セネガルでのソーラーランプ、トーゴでのスクラップを使ったe-waste 3Dプリンタ、ルワンダでの指紋認証を使った学生管理システムなどです。このようなアイディアがアフリカのFablabで生み出され、実践されている。エキサイティングだと思いませんか?
そして、転機が訪れます。2017年に、ケニアのジョモ・ケニヤッタ農工大学をたまたま訪問しました。ケニアには別の理由で出張していたのですが、現地でお会いした方に、JKUATにFabLabがあるという話を聞いて、行ってみようと思ったのです。行ってみたところ、衝撃を受けました。デジタルファブリケーション機材はもちろんのこと、旋盤や溶接などの機械加工設備もそろっている。しかも大学は農業にも強い。大学内ではJICAプロジェクトも進行中ということで、足を運びました。プロジェクトの代表の方とお話したところ、お互いの取り組みについて意気投合し、ここで活動を始めることになったのでした。
かくしてJKUATで教えるようになったのですが、JKUATではデジタルファブリケーションのワークショップや大学院での講義などを行っています。ワークショップではロボットアームや移動ロボットなどを対象としています。ファブラボがあるとはいえ、大学のカリキュラムは座学が中心であるため、このようなハンズオンの機会は貴重なようです。学生たちの反応は非常に良いです。
実際に動画を見てみましょう。レーザーカッターで部品をカットし、ロボットアームをつくります。Arduinoを使ってサーボモーターを動かすプログラムを開発します。彼らが取り組んでいるのはPick & placeのタスクです。成功した瞬間、チームメンバーから歓声があがっていますね。
さて、JKUATでの活動を通じて気づいた問題点があります。それは、研究室制度がないことと、それに起因して知識やスキルの継承がうまく行われていないことです。学生は教員と一対一で研究を進め、日常的に輪講やゼミなどを行う研究グループが存在しません。当然、物理的に一緒に時間を過ごす居室もありません。なぜ研究室制度がないのかを一部の教員に尋ねてみたところ、部屋が足りないからだ、という答えが返ってきたことには驚きました。最初は単なる言い訳に聞こえたのですが、状況を的確に表していることに後から気づきました。実際に大学のなかでは講義室が足りておらず、部屋に空きがでると、すぐに実習室や講義室に割り当てられてしまいます。一部の学科では大学院生の居室もありますが、それは恵まれている方で、ほとんど学生部屋はありません。学生のみならず、教員の部屋も足りていません。個別の教授室を持てるのは学部長クラスであって、なかには学科長であっても3人の教員で部屋をシェアしている先生もいます。日本の感覚だと、一人であっても少し狭いと感じる部屋の大きさです。このような状況では、なかなかグループでまとまるのが難しいというのは理解できます。その結果、知識の継承がうまく行われずに、毎年学生が似たような卒業研究に取り組むという現象が発生します。先輩がここまでやったから、自分はそこに上乗せするというような、積み上げを行うことができていません。
さて、研究室のシステムを直接導入することがすぐには難しそうだということは述べたとおりです。ではどのようにすれば、状況が打開できるでしょうか。私はその鍵は、チームでのものづくりプロジェクトにあると考えました。写真に示したのが何かわかるでしょうか。これはケニアのナイロビで2019年に開かれたロボットコンテスト(ロボコン)の様子です。ケニアでは日本式のロボコンを導入する動きがあり、過去にはJICAも支援して取り組みが進められていました。現在は日本の長崎大学が支援しており、活動が継続しています。このようにチーム一丸となって一つの目標を目指して取り組むことで、異なる開発グループでの知識の継承や深化をはかることができるのではないかと考えました。
では、実際に何のプロジェクトをするかという点についてです。誰か当てることはできますか?
ヒントはこの写真です。この写真は、ケニアのインド洋沖、マリンディの近くに1967年から1988年まで設置された海洋構造物です。実はこれはロケットの打ち上げ場です。ケニアでは以前、イタリアがNASAの協力のもとに人工衛星の打ち上げを行っており、ロケットの打ち上げ場所を提供していました。ケニアが選ばれたのは地理的な理由に加えて、政治的な安定が関係していると聞いています。
ロケットには様々な領域の研究分野が関係しています。材料、流体、構造、制御、推進など様々な分野の知見が必要です。工学部のもとに大きな開発グループを立ち上げるにあたって、ロケット開発は最適なテーマであると考えました。
これが開発グループのメンバーです。我々はNakuja projectと名乗っています。目標とするのは2024年までに超小型衛星を軌道投入可能な液体燃料ロケットを開発することです。また、2021年までに最初の固体ロケットの打ち上げ試験を実施することを目指しています。
学生を中心にロケットの開発を行っている大学は世界に多く、なかでもアメリカでは多くのグループがロケットを開発しています。USC、ミシガン大学、ポートランド州立大学、他にも多くの大学が取り組んでいます。レベルとしては、固体ロケットの打ち上げで、宇宙の基準とされる100kmを超えた大学が出始めたという状況です。我々は全くの初心者であるため、メンターが必要です。GitHubでロケット開発のデータを公開しているポートランド州立大学のPSASというグループに興味を持ちました。そこで、実際に訪問して相談してみることにしました、
ここが彼らがロケット開発を行っている部屋です。実際にはロケットだけではなく、超小型衛星の開発も行っています。金属3Dプリンタでつくられたピントル型噴射機、Linuxで動くフライトコンピュータ、過去の打ち上げで使用したロケットなど、いろいろな開発の様子を見せてもらいました。我々の目標についても共有し、反応を伺いました。これまで液体燃料ロケットを大学レベルで宇宙に到達させた例はなく、彼らもまさに今取り組んでいる状況だと教えてもらいました。非常に資金がかかることや、技術的な困難など、現実的なアドバイスをかなりもらったことで、実際に実現可能なのか?とも当然思いましたが、アフリカで仮にロケットを打ち上げたら、そのインパクトは信じられほど大きいと思います。現状可能かどうかで判断するのではなく、どうやったら可能になるかという姿勢で取り組んでいます。
これが我々の活動風景です。毎週の定例ミーティングを行っていますが、これが研究室システムにおける輪講や研究会にあたるものです。ファブラボにおけるCNC旋盤を用いた加工や、工学部のワークショップにおける機械加工も行います。まだカリキュラムとして体系化はしていませんが、学生はSolidWorksでの3DモデリングやANSYS Fluentを用いたCFD解析、Matlabを用いたシミュレーションなど、多くのスキルを学ぶことができます。
ケニアでロケットを開発する上での大きな障壁は、フルスクラッチ、すなわちほとんどゼロから作る必要があることです。材料の入手性がボトルネックになっており、ロケットの性質上、特に輸出入の規制が厳しくなっています。ポートランド州立大学では、まずモデルロケットを導入して経験を積むことを進められたのですが、そもそもモデルロケットを輸入することができません。火薬はもちろんのこと、フレーム単体であっても問題が生じる可能性があります。実際に、アメリカのモデルロケット企業に問い合わせたところ、連邦法で輸出が禁止されているという回答を得ました。ですから、動画で示すように、火薬の調合から自分たちで行っています。この例では硝酸カリウムを酸化剤とし、燃料は砂糖です。通常Sugar rocketと呼ばれているタイプのロケットです。
新型コロナウイルスの影響もあり、この一年はリモートでミーティングを続けてきましたが、目立った進捗を見せることはできませんでした。私は来年1月にケニアに帰国する予定で、その時期には学生もキャンパスに戻っているはずです。ロケットのようなものづくりプロジェクトを通じて学生や教員の研究能力の向上をはかり、産業人材の育成や、起業の促進につなげたいと考えています。
本日はアフリカのFabLabでの事例をお話しましたが、いかがだったでしょうか。FabLabでのものづくりに馴染みがなかった方にとっても、アフリカの状況を知る機会になったのではと期待しています。今後ケニアを訪問される際は、お待ちしています。