オンライン講義での試行錯誤

先日始まったケニアの大学PAUSTIにおけるオンライン講義ですが、色々と試行錯誤が続いています。

第2週では前週の3D CADによるモデリングに続いて、PCB CADを用いたプリント基板の設計についての講義を実施しました。

第1回のオンライン講義を経て感じたのが、対面での授業と違って学生とのインタラクションをはかるのが難しいなということ。通常の教室の授業では、数分に一度はクイズを入れて学生に考えさせる時間を設けるのですが、オンライン講義ではどうしても学生の反応が見えず、一方通行になりがちです。質問もしてみるのですが、反応は少なく、学生側もなかなか割って入るのが難しいと感じているのかもしれません。この状況のもとで使ってみようと思ったのが、Zoomの投票機能(Polling)です。この機能を使うと、あらかじめ作っておいた問題と回答の選択肢のペアを、任意のタイミングで立ち上げることができます。実際に使ってみたところ、PCB設計や基板加工の経験の有無を把握することができ、学生の事前知識の把握に有効だと感じました。

従来ケニアでPCB設計を教えているときは基板加工機を用いた加工実習までがセットなのですが、学生も実験室にアクセスできない状態なので実習を行うことができません。これについては活用できそうな基板切削のシミュレータもなかったため、またケニアに帰ったあとに特別ワークショップを行う約束をして、今回は我慢してもらうことにしました。

授業が終わったのも束の間、来週の授業の準備をしなければと思っていたところで、コーディネータからメールで試験の日程が決まったとの連絡がありました。試験の日程は8月17日を予定していると書いてあります。「えっ8月に試験なの?」「思ったより早いな」「そもそも大学の再開が9月なのに、どうやって8月に試験するの?」「先月の時点では試験日が決まっていなかったけど、リスクヘッジして1週に2回分の講義をまとめてスケジュールを組んでおいて良かった」など、色々思うことがありました。さらにメールには、コーディネータからの驚きの一言が書いてありました。「10日後までに試験問題と回答例を送っておいてね」。そんなの簡単じゃないかと思われるかもしれないのですが、ケニアでは大学での試験問題のチェックが結構厳しいのです。試験問題の作成は日本の大学と同じく各教員が担当するのですが、ケニアでは外部の諮問委員に試験問題をチェックしてもらい、内容について承認を得るプロセスが必要になります。外部委員からは試験内容がシラバスに沿っていないとか、教えている内容が偏っているなどの茶々が入れられ、教員は指摘に応じて試験問題を修正する必要があります(私はまだ指摘を受けたことはないのですが)。他にも、難易度や配点などを工夫しないと学生の単位にも関わってくるので、これには結構気を使います。

ケニアの大学のコースワークがペーパー試験偏重であることや、教員にシラバスの作成権限がなく、教員は大学と外部有識者によって決められたシラバスに沿って教える必要があることなど、改善を望む点はいくつもあります。ただし、これまでの学内の様子を見ていると、システムに手を入れるのは相当難儀な話なので、ここに介入するモチベーションはありません。

さて、私は今回の講義科目を担当するのは初めてなので、試験問題を一から作らないといけません。そして講義資料も作りながら教えている状況なので、圧倒的に時間が足りません。これはやばいなあと思いつつも、頑張るしかないと覚悟するわけでした。

そして第3週の講義は組込みプログラミングでした。

私は組込みシステムへの愛が強いので、教える内容にも熱が入ります。講義資料を作っていると、最終的にはマイコンと組込みLinuxの連携に話が発展しました。前回の講義でArduinoとRaspberry Piの使い分けに関する質問が出たこともあり、両者のメリットと連携方法について解説する必要があると思ったため盛り込んだのですが、少しボリュームが多くなったかもしれません。またネットワークプログラミングの前提知識を仮定したため、どの程度学生が理解できるかは未知数でした。そして蓋を開けてみたところ、最後の質疑応答では一部の学生から「情報の洪水だ」「プログラミングの経験が乏しいので難しい」「課題が多すぎる」という意見がでてきました。教室でのプログラミング実習であれば、学生の後ろからあれこれ指導できるのですが、画面の向こうにいる学生の状態を把握するのは容易ではありません。教える側としては皆についてきてほしいので、発展的な内容の設問については提出の義務を免除することにしました。すると、逆に腕に覚えのある学生は課題を減らさないでくれと訴えてきたのです。できる学生にとっては成長の機械を奪うことになるので、難しいところですね。皆がWin-winになる仕組みを考えねばなりません。

さて、この講義を終えたあとは、何か疲れがでてきてしまいました。結構頑張って作った内容の講義にも関わらず、一部の学生から「難しすぎる」「課題が多すぎる」と言われてしまったわけです。一生懸命練習をしたバンドのライブで、思ったよりお客さんが盛り上がらなかったというイメージです。確かに今回の内容は内容は多すぎたと思うところもあったので、学生には「今回の内容の後半部分については来週に再度講義する」という告知をしました。

実はこうしたのにはもう一つわけがあって、それが例の試験問題作成です。今回の内容を来週にもう一度詳しく扱うことで、次週の講義資料の作成時間を短縮できるのではと考えたわけです(講義の準備で一番時間がかかるのが、講義の構成を考えて行ったりきたりするときです。構成が決まれば、あとは比較的単純な作業に落とし込むことができます)。この作戦のもと、週末を試験の作成にあてたわけですが、なんとか試験問題と回答例を作成してコーディネータに送ることができました。

その後は翌週の講義準備をなんとか済ませ、授業開始直前に資料をオンライン上にアップロードしました。仏語圏から来た学生は英語の聞き取りに難があるので、予習のためになるべく早く講義資料を共有してほしいという要望を訴えていたのですが、今回は彼の要望に応えることができませんでした。早めに対応したいのですが、このように自転車操業なのが現実です。

さて、この週のテーマはWebプログラミングでした。ネットワークプログラミングという題にしようかとも思ったのですが、講義の主旨としては組込みシステムを操作するためのインターフェースとしてのWebという位置づけであるため、Webプログラミングとしました。前回の講義が内容が多すぎて駆け足になってしまったこと、プログラミングの経験が少なく理解が追いつかない学生がいたことを踏まえ、実習的な内容についてはなるべく内容を絞って、ステップバイステップで教えることにしました。また、課題もたくさん出すのではなく、1問のみとしました。この1問というのは、前回の課題から省いた発展的な内容の設問です。1問であれば、発展的な内容であっても2週間かければ解けるだろうと思ったのです。

さて、この回の質疑応答は色々と興味深いものでした。私としては前週のフィードバックを受けて学生側に寄り添って難易度や講義内容を調整したつもりだったのですが、先週に引き続いて学生の不満がでてきます。驚いたのが「ITの学科でもないのに何でこんなにプログラミングをするのか」という一言。。私は思い始めました。「なんかおかしいな」「根本的な前提が共有できていない気がするぞ」。この講義はそもそも何を主題として扱っているのでしょうか。講義のタイトルはIntegrated Product Design、すなわち製品設計について包括的に学ぶことが目的です。そのためにに必要な幅広い知識をカバーしようとしているわけで、機械と電気電子のハイブリッド学科であるメカトロニクスの学生なら、なおさら広い領域の知識を吸収する必要があるのではないでしょうか。

講義のあと、一部の学生が講義に対する違和感を感じていることを認識した私は、講義の構成を再考し、今後の進め方について説明する資料を学生に共有しました。そのなかで示した講義の全体像の図が以下です。

資料のなかで、この講義は統合的な製品設計が学ぶことがゴールであること、より具体的にはCNC工作機械の設計に必要な知識と技能を習得することが目的であることを強調しました。そして、それに必要な幅広い分野にまたがる実践的な知識(機械・電気電子・情報)が必要であることを述べました。このタイミングでこの再定義を行ったのは、私が授業の初回において、この講義が何を目指しているのかを明示していなかったという反省もあります。

そして次に行ったのが、学生一人ひとりとZoomでつないで授業に対するフィードバックをもらうためのヒアリングです。これまで授業でみられた発言は、一部のできる学生たちの発展的な質問と、置いてけぼりになっている学生の悲鳴に二分されており、そのほかに彼らがどのような意見を持っているのかが、わかりかねていました。というか、そもそもZoomで画像がオフになっているので彼らの顔も見たことがありません。学生としても、私のことを直接知らないので質問がしづらいという背景もあるのかもしれません。現在の私と彼らを取り巻く状況の心理的安全性が低いのではないかと感じた私は、彼らとカジュアルに話す機会を設けることで緊張を解くことにしました。

本日Zoomでヒアリングをした結果、色々と面白いことがわかりました。まず、一部の学生は確かに課題に困難を感じていて、助けが必要そうであること。これについてはオフィスアワーをZoomで実施し、ライブチャットも活用することで、質問する時間を毎週固定で提供することにしました。その次に、その他の学生たちは特に課題に困難を感じておらず、むしろ内容を楽しんでいること。お世辞かもしれませんが、一番面白い講義だと言ってくれた学生もいたので、元気がでてきました。というのも、実はこの2週間くらい、このまま受講学生のやる気が減っていくんじゃないかと結構悩んでいたんですよね。大部分の学生は講義を楽しんでいることを知り、すっきりした気分になりました。必要なのは難易度を下げることではなく、困難を感じている学生のフォローアップだということに気づけたのも、大きな収穫でした。

ちなみに、今日のヒアリングでは一名の学生が入院中とのことで不在でした。昨日娘さんを出産されたそうです。おとといの授業にも出席してましたが、そんな状態だったんですね。Zoom越しに本人の映像を見たことがなかったので、全く知る由もありませんでした。小さい子供を育てながらの学習は大変だと思いますが、私もサポートできたらと思います。

講義も折返し地点に入ってきましたが、この調子で頑張っていこうと思います。

27. 6月 2020
Categories: JKUAT/PAUSTI | Tags: , | Leave a comment

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