アブーの帰還

朝扉を叩く音がする。開けてみると、アブーだ。ついに帰ってきた。

久しぶりの再会を果たしたのも束の間、状況を報告する。今日AudioCraftに行けそうか、と尋ねると先方から送られてきたメールを見せてくれた。

The spindle is off. There’s so much to do.

どうやらマシントラブルがあったようだ。アブーはこれからAudioCraftに向かって修理して来るという。1時間かそこらで戻ってくるというが、無事に治ればよいのだが。

今日の朝食はククだった。前回よりも飲みやすい。クスをセットで食べるのがアザッソ家の方式らしい。エマニュエル先生は甘いクスはあまり好みではないようだ。

今日はまずLinuxCNCが同梱されたUbuntuをインストールしたい。空のCDある?とダグラスに聞くと、買いに行くから朝ごはん食べるまで待ってて、と言われる。しばらくしてTTIを後にし、お店へ向かう。

TTI最寄りの本屋、A-Z bookshop

この店は、こないだファンティ語のテキストを探していたときに寄った店だ。 無事にCD-Rを購入。

ラボに戻り、ブート用CDを作成してUbuntuをインストールした。 起動してみると、LinuxCNCもインストールされている。

また、並行してスティーブンと一緒にエマニュエル先生に昨日のプロポーザルを持っていく。無事に受理され、校長先生に提出してくれるそうだ。

さて、作業をしているとアブーが帰ってきた。 どうだった?と聞くと、かなり悪い状況だとの返事。スピンドルモータを修理していたら、回路をショートさせてしまったようで動かなくなったとのこと。

想定はしていたが、難しい展開だ。準備していたCNCでの加工はできなくなった。

急遽、対応策をみんなで話し合うことに。話し合いの結果、木材を使わずに金属を使うことになった。ただ、フライホイールの利用を想定していたローターの車輪には、先と変わらず椅子の天板の椅子を使うことに。

どうやってマグネットを支持するか、という点についてはアブーが知恵をだしてくれた。このようなパーツを作ればいいと言って厚紙を切り始めるアブー。設計上のコンセンサスを取る上で、この紙を使った方法は非常に有効だ。より早く、より簡単にイメージを共有することができる。

厚紙を切って部品を造り立体のイメージを共有する

方針が決まったので、あとは部品の切り出しだ。使える部品を洗い出そう、と言って材料をかき集める。大きなアルミ板と、鉄製のシャフト、あとベアリングが集まった。

鉄のシャフトとベアリングを集める

ファブラボに置いてあったアルミ板を使う

さて、 部品の切り出しには図面が必要だ。切り出す図面をプリントアウトしてくれないかな、その前に設計の変更が必要かな?と言われる。

いや、再設計は断じてダメだ。寸法の変更はあるとしても、これ以上CADの書き直しで無駄な時間をとりたくない。木製のプロトタイプの寸法を使えばいいと思う、それをプリントアウトするから待っててくれといってCADを開くが、もともと寸法を入れるつもりがなかったので、ライノの3dmファイルには寸法が表示されていない。急いで図面に寸法を入れ、またマグネット保持用の鉄パーツを設計した。そしてICTラボでプリントアウトを行う。

ところで、ICTラボでプリントをしているときにふと気づく。はて、簡単な2D図面でしかもマニュアル加工なのになんでCAD図面が必要なんだ。手書きのスケッチでもいいじゃないか、と。CADで作業していた30分が無駄のように感じられてテンションが下がったが、まあ仕方ない。どうすれば効率的に進めることができるか、これまで以上に注意を払っていこう。

さて図面も上がったので、実際の加工に移る。アルミ板の加工には部品図のケガキ(マーキング)が必要だ。ケガキ針ある?と尋ねると、ファブラボには置いておらず、機械科にあるとのこと。スティーブンがケガキ針と、あと直角定規を機械科から借りてくると言ってラボから出ていった、

しばらくするとスティーブンがPCを携えてラボに戻ってきた。借りるもののリストをメモとして作っていきたいので、もう一度借用品を教えてくれという。

メモを作成するスティーブン

いいよと伝えるが、はて、必要なのはケガキ針(スクレーパ)と直角定規(トライスクエア)の2つのみだ。メモをとるまでもない。しかもPCを使っているのを見て、さっき設計図をプリントしていた時のことが脳裏をよぎる。「なんでパソコン取り出してるんだ、手書きのメモでいいじゃないか」すかさずスティーブンに「手書きのメモでいいんじゃないの?」と言ってみる。スティーブンはうなずきながら、こう説明してくれた。機械科に行ってきたら、エマニュエル先生名義での借用を請求する書類を持って来なさいと言われた。なので今から書類を作ってエマニュエル先生からサインを貰い、機械科に提出するのだと。その言葉には驚きを隠せなかった。

「たかがケガキ針と直角定規を借りるのになんで書類が必要なんだ」

いちいち上司の許可が要るとは外務省のツイッターじゃあるまいしとは思ったが、仕方がない。ここが国立の教育機関であることを忘れてはいけない。ファブラボはオープンな工房だが、TTIではファブラボはその一部だ。ファブラボを一歩出ると、そこは普通の高校である。

スティーブンは書類を仕上げるとエマニュエル先生の元に向かっていった。しばらくして戻ってきたが、機械科はもう閉まっていたので借りるのは明日になるとのこと。 本当にものづくりには時間がかかるものである。

一応一段落したので、今日はお昼ご飯を食べよう。あまり遠出したくないので、以前コーラを買った近場のお店に向かう。フライドライスありますか?と尋ねると、うちはアチャキ(?)しかないよ、という。フライドライスを食べたいならここを真っすぐ行った奥のお店、というので行ってみると、内装が心持ちちゃんとしたお店を発見。

こんな近くにフライドライス屋が

フライドライス、と店のおばさんに伝えるとおばさんは厨房に入っていった。この店は見た目はファーストフード店っぽいが、オーダーしてから作るようである。メニューを見ていると、他にもビーフやタコのフライドライス、Rice and stewなどがあるようだ。特にRice and stewはまだ食べていないので、今度試してみたいところ。

ところで注目すべきが、店内に置かれた大きなスピーカー。重低音のかかった音楽を流している。タコラディじゅうで聞くこの音楽は、いったい何というジャンルなんだろう。教会からも聞こえてくるから、ゴスペルの部類に入るのかな。とてもリラックス出来る曲である。ただこの店では1曲が延々と繰り返されていたのが気になった。

しばらくしてお店のおばさんが出てきた。フライドライスの価格は6セディ。

久しぶりの豪華な食事

最近の食事はジョロフライストチキン、フフと魚、のように良く言えば素材の味を生かした、率直に言えばあまり調理した感のないものしか食べていなかったが、フライドライスがこんなに美味しいと感じるとは驚きだ。ガーリックとペッパーが利いているし、チキンもスパイシーだ。食べ物を食べるだけですべてを忘れることができる、何とも幸せなひとときだった。

さて、腹ごしらえを終えるとCNCのドライバ製作の作業だ。部品をスーツケースから出して準備をしているとアブーが寄ってきたので、あのCNCのステッピングモータ、アブーがいない間に動いたよと伝えると、「本当に!?」と目を丸くしている。AVR使ったの?というので、うん、Arduinoとトランジスタアレイで作った、と伝える。百聞は一見にしかず、ということで回路を組んで前回と同様に500Hzで回転させる。アブーはすごいうれしそうだ。それもそのはず、自分が設計したCNCのモーターが初めて動いたのだから。
あとはLinuxCNCを使って パルスを生成して、それをAVR側に解読させて励磁信号をトランジスタに送ればいい、ということを説明する。PCとCNCの接続まではもう少しだ。
PCとドライバ回路の接続にはパラレルケーブルがほしい。両端がD-Sub25のコネクタになっているパラレルケーブルを探すが見当たらない。どうしようと思っていると、アブーがこれで作ればいいとフラットケーブルとD-Subのコネクタを持ってきてくれた。

万力でクランプしてパラレルケーブルを自作する

日本ではケーブルが無くなったら秋葉原に買いに行こうとなるが、ここファブラボガーナではケーブルは自作するものだ。確かにパラレルケーブルとはいえ、言ってしまえばただの電線だ。原理・仕組みを理解していれば、ないものは作ることができる。日本での生活では機械の中身は箱のなかに隠されており、それは一方ではストレスを感じることなく製品を利用することを可能にするが、そのような環境では逆にものの成り立ちを知ることが難しい。原理を知ること、仕組みを知ること。ガーナでの体験に学ぶことは大きいのであった。

さて、次はパルスを解読する回路をどうするか。少し外を散歩しながら考える。

励磁モードは4パターンだから、最初のパルスが入力されたら4階層深いループに入り、次にパルスが来たらブレイクして1階層上のループに入り、というのを繰り返したらどうか、と考える。これでもいけそうだが、なんか汚いコードになりそうだ。ここでふと、もっと単純なアルゴリズムに気づく。現在の状態を変数として保持しておいてswitch-caseで条件分岐し、ブレイクする前に変数の値を更新すればいいだけだ。

おお、どうやら先が見えた、もう後はコードを書くだけだ。特につまづくところもなく、手早く済ませる。

そしてLinuxCNCのStepConfウィザードから信号テストの画面を呼び出し、試しにX方向のステッピングを試す。すると…動いた!PCからステッピングモータを駆動したのは自分も初めてなので、感動した。

アブーにPCから制御できたよ、と伝える。ただ、今の状況だと方向を制御していないのでステッピングモータの回転は一方向だ。回転方向を制御するには、方向制御のパルスを検知した時に逆転の励磁をかければよい。これもコードの修正はすぐにできる。

PCにつないで再度LinuxCNCから逆転を試すと…これも成功だ!よし、うまくいった。これでCNCを完成させるめどが立ったと満足する。

ステッピングモータはこの辺にして、次はXBeeだ。これについては先日から手をつけていない。いろいろ調べるうちに、かなり重要なことを忘れていることに気づいた。XBeeのATモードとAPIモードの区別だ。自分は受け取った信号をそのまま透過するATモードを使って独自の通信規格を作ろうとしていたが、ArduinoにはAPIモードを使った際のライブラリが提供されていることを知る。これを使わない手はない。

ATモードからAPIモードへの変更は、X-CTUを使った設定の変更が必要だ。しかし、ここで思わぬ落とし穴にはまってしまった。XBeeに現在書き込まれているファームウェアの読み込みができないのだ。解決策を求めてネットを検索すると、X-CTUを更新することで治るとの情報があったので試すがうまくいかない。

試行錯誤していると、アブーがお祈りがあると言って出ていった。モスクまで行ってお祈りをするようで、わざわざ出かけていくのは大変だなあと思った。バングラデシュでは会社の中で床にござを敷いて上司がお祈りをしていたものだ。

アブーが帰ってくると、時間はもう20:30である。片付けをして帰ろうと思ったが、ここでふと、前から思っていた疑問をアブーに尋ねてみた。いったいガーナ人は一日に何食食べてるの?みんな昼ごはん食べてないみたいだから朝晩の2食?と聞いてみると、笑いながら、大抵は3食だよと答える。ただ、色々作業をしていたりして時間がないと食べないことも多い、という。もちろんそういうときは普通にお腹は減っているらしい。なるほど、納得である。

07. September 2012
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