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可能性と不安

昨日は夜が遅かったが、8時過ぎに起きるとベンと話していて思いついたオンライン決済のアイディアを考えていた。口座と連動したモバイルマネーはあるのだろうかと思い、ガーナに住む人々に尋ねてみる。 また、クマシでアドさんと話していたときに、彼が電力計が欲しいと入っていたことをふと思い出した。 考えてみれば電力を測定することでおおよその電気代を知ることができるのだから、工場だけでなく、家庭でもニーズがありそうだ。手持ちの素材で電力計が作れないか調べてみる。 部屋で作業していると、ラティーフが早くラボに来いと連れ出しに来る。ラボに行くと次から次へと話しかけられて、作業が進まないのだが、まあ仕方がない。 ラボに着くと、ラティーフがLEDの看板を光らせるプログラムでつまづいているようだったので、コードを見て修正する。 そうしていると、スティーブンがラボの管理について話があるという。自分が以前持ってきたArduinoがなくなっていることや、機材の使い方の知識の継承がなされていないという点だ。 スティーブンに伝えると、エマニュエル先生にも話が行って、モデラの使い方をちゃんと共有せよという話になった。 トップダウンで指示がないと動けないのは、なかなか残念なことではある。また、自分の経験で言うと、指示があっても実際に動き出すのには時間がかかるだろう。 スティーブンにも3Dプリンタを含めた一通りの機材を教える必要があるだろうとも思う。今年の7月から9月は学校が休みとのことなので、その時期にUbuntuやModela、3Dプリンタの使い方を教えられたらと思う。インターネットがあるのだから、検索してどんどんやってほしいと思うのは酷なのだろうか。ドキュメンテーションの必要性を痛切に感じる。 ちなみに自分に頼まれたが持ってこれなかったレーザーカッターのミラーについては、なんとエピローグから無償で2個送られてきたらしい。MIT側は最初代金を払う予定だったそうだが、シェリーと連絡がとれなくなり、ダグラスがシェリーをCCせずに直接エピローグにリマインドしてみたら、すぐに送ってくれたとのことだ。なかなか粋な会社である。 また、ラボには3Dプリンタを修理してくれとばかりに、ケースから出されたPrusa i3が置いてあった。コントローラ基板を入れ替えるが、反応がない。ファームウェアを入れかれるとシリアル通信はできるようになったが、どうやらサーミスタからの信号をうまく読み取れていないようで、エラーが出ている。 交換が必要と判断し、明日アベル先生にサーミスタを提供してもらうことになる。 アベル先生については、持ってきた物品の手渡しと、代金の回収はスムーズに行うことが出来た。 全額をそろえて持ってきてもらったが、なぜ態度が急に変わったのか、と聞かれると、スティーブンに聞いたとは言えないので、適当にはぐらかすしかない。 自分はそこまで彼に貪欲さを感じないのだが、スティーブンたちは不公平だと感じているのだから、今回の対応は仕方ないと言える。次回からは銀行の送金を使ったほうがいい、というふうに提案してはおいた。 ラボで3Dプリンタの復旧作業を続けるていると、どこかで見たおじさんがやってきた。誰だっけ、と思っていると、スティーブンがこの方を覚えてる?と尋ねる。どこかでお会いしたような、というと、アブーと一緒に渦電流分離器のローターを切断しに行ったスピーカー会社の社長さんだった。ラボに来ているのを初めてみたので驚きだった。 自分が修理している3Dプリンタに興味をもったようで、もう一台作ったら自分に売ってくれという。彼はもともとファブラボでCNCの存在を知って自分の会社に導入してビジネスを広げた人だ。今回も3Dプリンタを使って何かをやってくれるかもしれないと、期待が広がる。彼の会社の人々や息子のフランシスに使い方を教えるのも、可能性がありそうだ。 夕方になって仕事を終えてスティーブンとラボの現状の話していると、依然として校長先生やアカウンタントのファブラボへの目線は厳しいとの話を聞く。驚いたのは、例えば今ファブラボで提供しているレーザーカットの代行で100セディ儲けたとすると、80セディは学校に持っていかれるということだ。理由を聞いてみると理解しかねるが、無料で電気使ってるのだから、その分よこせとのことらしい。年貢以上の圧政である。 他にも各学校にガーナ政府から42台ずつ小型のラップトップ(ネットブック)が支給されたそうだが、校長が棚に隠し持っていて生徒が自由に使うことはできず、さらには半分以上を紛失したと言っているとのことだ。スティーブンの見立てでは、現校長は定年後に自分の学校を建設するという野望があり、そのラップトップを自分の学校に持って行きたいのではないか、ということである。金にうるさくTTIからお金を巻き上げているのも、それが理由ではとのことだ。完全に狂っているが、自分にはどうしようもない。その後の迫害を恐れて、誰も内部告発できない状況のようだ。 あと2年は現在の校長が君臨するようで、じゃあその後はエマニュエル先生が校長になるのかと尋ねると、なんとエマニュエル先生は今年の5月で定年退官だそうだ。なんということだろうか。ファブラボの盾となってくれていたエマニュエル先生を失えば、上からの締め付けはさらにひどくなると予想される。厳しい期間がやってきそうだ。

10. March 2016
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新しいビジネスへの期待

朝ホテルで、ベンとスタートアップやらについて話をしていると、もしチームと資金があったら、ガーナで一番やりたいビジネスは何かと聞かれる。 自分の理想はFabLabの中にメイカースペースとインキュベーションスペースの2つを作って、スタートアップからの利益が還元されるようなシステムだと説明する。TechShopとY-Combinatorを組み合わせたようなものだ。 またその理想に加えて、現在有り得るビジネスとして物流の仕組みの改善があると伝える。 例えば、なぜアマゾンのようなオンラインで決済できて配送までやってくれるサービスがないのか、という点だ。 この問題は2つのスコープを含んでいて、1つは決済、2つ目は配送である。 配送の問題は道路のインフラを考えると難しいが、GPSを使った住所特定などは、今実行可能なプランとしては見込みがある。 自分がより興味を持つのは、ネットワーク上の決済に関してである。 大部分のガーナ人はクレジットカードを持たないので、クレジットカード/Paypalを使ってECサイト上での決済を行なうことは出来ない。 ECサイトは存在するが、決済手段としては銀行口座への送金、モバイルマネー、そして対面での手渡し、というのが候補だそうだ。 この部分を改善することができれば、国内でのECサイトの利便性が上がるだけでなく、海外への送金も簡素化される。 ベンに誰もやらないならやっちゃえよ、10年で次のイーロン・マスクになれるぞ、とおだてられると、まんざら冗談ではなく、そうかもしれないなと思っている自分がいた。 ホテルを出ると、タートルという車を作っているプロジェクトを見学すべく、スアメ・マガジンへ向かう。ここにはITTUという中間技術を支援する団体のオフィスがあるのだが、プロジェクトを統括していたオランダ人に連絡をとった際に、とりあえずここに行けと言われていた。 ITTUに着くと、中のガレージでは自動車整備が行われていた。タートルを見たいのですがと言うと、今はここにはなく、プロジェクトを主導していたワコさんという人がいるSofolineという場所にあるそうだ。例のオランダ人に聞いてワコさんにも連絡はとっているのだが、まだ連絡がない。 実際に行ってみることにする。 それにしてもクマシは案外広く、Sofolineは中心部から西に離れたところにあった。実際その場所に行ってみることは出来たのだが、ワコさんがアクラに行っていて不在なので、出会うことはできなかった。可能ならまた来週会えるかトライしてみよう。 Sofolineを後にすると、アドさんに会うべくクマシ工科大学に向かう。アドさんとは一通り情報交換を済ませたが、彼はいま電力利用を削減するキャパシタ・バンクを使ったビジネスを、工場に対して行なうことを画策しているようだった。 他にも自分が進めているブラシレスモータの話などをしたが、学校側にプロポーザルを出せば一緒にプロジェクトを行なうことは可能なようなので、これも次回は挑戦しようと思う。 アドさんには留学のことも聞かれたが、ガーナの大学における昇進システムでも、学位は問題になるらしい。実際には講師になる際に、修士が必要だそうだ。1,300セディと聞く給料では、KNUSTの修士の学費も決して安くはないだろう。 さて、アドさんに決済システム、モバイルマネーの話をしてみると、彼も興味を持ったようである。モバイルマネーが口座と連携しているのか、という点について調べるために、実際に銀行に行ってみることにした。Zenith bankで聞いてみると、自分たちはモバイルマネーはやっていないという。隣の建物でTigoのモバイルマネーを売っていたので聞いてみると、バウチャーを購入して口座にチャージし、送金を行なうシステムのようだ。 クマシで食べたフライドライスは安くて美味しかった。 人も心なしかフレンドリーな印象を受けた。 またすぐに帰ってきたいと思い、タコラディへのミニバスに乗った。

09. March 2016
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現地ハッカーとの邂逅

朝10時にクマシ・ハイブでジョージと出会う約束なので、タクシーに乗ると、最寄りのジャンクションで降りる。 学校の裏、というざっくりとした住所であるし、看板もないのでうろついていると、向こうから白人の女性がやってきた。 彼女がクマシ・ハイブの共同創業者のアナだった。 彼女に連れて行ってもらったのは、まだ使われていない部屋も多い、越してきたばかりというメイカースペースだった。 アナはもう一人イギリス人のベンという人と一緒だったが、彼もこのメイカースペースでボランティアのような活動をこの3週間行なうとの事だった。なかなか良い人で、結局この日は彼が泊まっているホテルに自分も泊まることにし、夕方バンクーを食べながら、色々な話をすることになったのだが。 さて、クマシハイブでは現在ハードウェアスタートアップとして数々のプロジェクトが走っており、ステータスとして一番進んでいるのが、教育用のプロトタイピングキットであるScience setだった。包装も小奇麗にしており、気を遣っているのが伝わってきた。 他にも電灯につけて電力量などをモニタリングできるデバイスや、インターネットがなかなか利用できない遠隔地で教育を可能にするためのRaspberry piでできたデバイスなど、いくつかのプロトタイプを見せてもらうことができた。 ほかにも病院・医療用途でのアイディアを多く持っており、アグレッシブに活動しているのが伝わってきた。 鍵が見当たらないとのことで、あいにくKNUSTの中のラボは見学することができなかったが。 彼らとも今後ハッカソンの開催などで、協力できたらと思っている。

08. March 2016
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一路クマシへ

夜早く寝たので早くに目が覚める。 どうやらこのままいくとTTIでの活動がスタックしてしまいそうなので、別のアプローチはないかと考えていると、クマシで車を作っているオランダ人とガーナ人がやっているプロジェクトのことを思い出す。 Suame magazineという場所は車を修理する町工場の集積地区で、ここでガーナ製をうたった車をつくっているそうだ。 早速代表者らしいオランダ人に連絡をとってみる。 他にもクマシにはクリエイティビティ・グループというクワメ・エンクルマ科学技術大学の学生たちがやっているメイカー集団がある。以前彼らがファブラボを訪問したとは聞いていたが、スタートアップの様な話や、キャッチーさを求めるように見える(実がないように見える)のがスティーブンには刺さらないようだったので、今まで彼らとコンタクトをとったことはなかった。 だが、調べてみると彼らは現在もアクティブに活動していることがわかってくる。この地では目につきやすい新しい活動はメディアにすぐに取り上げられるが、なかなか継続して根付かないという印象を持っている。 だが、取り組みを続いているのは強い情熱や何かがあるのだろう。これは一度会って話をしたいと思うようになった。 思い立ったが吉日、すぐに家を出ると、クマシ行きのバスが出発するターミナルに行く。 10:30頃にバスに乗ったが、出発したのは12時過ぎだった。 クマシへ向かう車窓からは、独立記念日を祝う催し物の姿が見えてくる。 こないだ建設が進んでいて驚いた線路沿いの場所は、Kojokrom Transport Terminalというそうだ。 Kojokromといえば、ベネディクタが住んでいた場所だ。 彼女もやる気はある学生だったが、今はどこで何をしているのだろうか。 人が必ず一定期間で入れ替わるのが学校の常だが、卒業してもファブラボに遊びに戻ってくるような仕組みができればいいのだが、と考えていた。 山間部ではWi-Fiは使えないが、市内に近づくと使えるようになる。 ツイッターでのリプライが返ってきて、明日の10時に会う約束になった。 クマシに到着すると18時を過ぎていた。今日はもう行動はやめてホテルで休むことにする。 高揚感もあってか、普段は泊まらない、一番高そうなゴールデンチューリップに行くことにした。 一泊671.5セディ、夕食のビュッフェは85セディと超高級の値段だが、上を見ておくのも勉強だろう。 ロビーはガーナ人でにぎわっている。彼らは一体何の仕事をしているのだろうかと、不思議に思っていた。

07. March 2016
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知識を共有することの大切さ

なかなか煮え切らない日々が続いている。 疲れてる?と聞かれるのは、肉体的ではなくむしろ精神的にプレッシャーを感じているからだろうか。 今日はGSMモジュールをテストしたいと思っていたが、ラティーフにLEDを使った看板をATmega328pを使って駆動する方法について尋ねられたので、そちらを手伝うことに。 22pFのキャパシタを彼に渡すが、16MHzの振動子は持っていなかったので、町で探すように伝える。 それにしても、自分が過去に持ってきたArduinoやAVRなどの部品はどこへ行ってしまったのだろうか。 何かものを作ったのでそれに使ったというのならわかるのだが、特に何か進展があるわけではなさそうだ。 もちろん教育現場であるので実験で使ってくれても良いのだが、誰かが取っていってしまったのではと疑ってしまう。 なあなあになってしまうとまずいとは思っているのだが、こういうのも少しずつ自分の精神を疲弊させていくようだ。 EAGLEで基板を設計してMODELAで作るように言うと、なんとMODELAの使い方がわからないという。何年もFabLabにいるにも関わらず、MODELAを使えないとは驚くべきことである。 ダグラスが教えてくれないからだ、とクムシンとラティーフが不平を言っているが、ダグラスの性格では彼に教えるようにいっても無駄だろうと思ってしまう。ただし、このままだとレーザーカッター以外のスキルが永遠に継承されないだろうという危機感も抱く。 これは、教材があれば解決する話なのだろうか。それとも、どうにかしてダグラスに教えさせるしかないのだろうか。 スティーブンとも話をしたほうが良いかもしれない。 その後はAVRをスタンドアロンのArduinoとして動かす回路図をホワイトボードで説明し、EAGLEを使った設計をプロジェクタを使って解説する。そしてcam.pyでrmlを生成するも、うまく動かないようである。 本当はUbuntuのインストールされたマシンでcam.pyを動かしたいのだが、以前はあったUbuntuのマシンがなくなっている。 どうしてこうも物がなくなるのだろうか。このようにして、できることがどんどん狭められていることは、本当にやるせない。自分が個人的に買って寄贈しても、また誰かが持って行ってしまうのではという気にもなってしまう。 その後はcam.pyはとりあえずあきらめて、クムシンにシリアル通信でPCからサーボモータを動かす方法を説明する。 Processingと連携させたり、Raspberry piにつないだUSB WebカメラとOpenCVで顔認識し、認識した顔の方向にサーボモータを振るというプログラムを作って見せると、喜んでいた。 だが、これでは単なる実験にすぎない。 自分は電子工作の実験がしたくて来ているわけではなく、この先に進みたいのだ。 夕方になって家に戻り、布団に横になるともう動けない。 何か突破口になるアイディアはないかと、思いを巡らす。 ふともっと身の回りの問題に目をむけるべきでは、と考える。 もっと言うと、自分が今日感じたようなFabLabの問題である。 知識の共有、機材のメンテナンスなどの問題は、何かハードウェアで解決できることなのだろうか。 ほとんど組織の問題に近い気もするので、もので直接解決できるわけではなさそうだが。 この問題群のなかから、今もっている解決手段で解決できることを抽出するのが、自分のやるべきことなのかもしれない。

06. March 2016
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